日弁連支援事件 豊川事件 虚偽供述したことを有罪認定の証拠にすることはできない!!
愛知県弁護士会 森 山 文 昭
1 事件の概要
はじめまして。豊川事件新弁護団員の森山です。
豊川事件の概要については、再審通信第126号に詳しく、かつ要領よくまとめられていますので、そちらをご参照ください。
簡単にご紹介しておきますと、2002年(平成14年)7月、愛知県豊川市内のゲームセンターの駐車場に駐車していた車内から幼児が姿を消し、翌朝、直線距離にして5㎞ほど離れた岸壁で死体となって発見されたという事件です。Tさんが厳しい取り調べを受けて自白し、略取・殺人罪で起訴された結果、1審では無罪となったものの、2審で逆転有罪判決(懲役17年)となり、最高裁も上告棄却で確定しました。2016年(平成28年)に再審請求を行いましたが、請求棄却となり、異議申立も棄却されましたので、現在、最高裁に特別抗告を申し立てています。
2 事件の特徴
豊川事件の特徴は、とにかく証拠が脆弱なことです。この意味では、死刑再審無罪事件の一つである財田川事件と同類の事件と言ってよいかと思います。
物証は何一つありません。Tさんが幼児を乗せて岸壁まで運んだという車の中から、幼児の痕跡(洋服の繊維痕等)は一切発見されませんでした。幼児が乗っていた車からも、Tさんの指紋は発見されていません。
目撃証言もありません。客観的な直接証拠は皆無なのです。
したがって、Tさんを有罪にするには、Tさんの自白しかありませんでした。ところが、確定判決自体が認めているように、Tさんの供述には嘘が多く、何が真実なのか分からないというのです。Tさんが自白した「犯行の動機」についても、確定判決は「短絡的過ぎて非常識」であり、信用できないと言っています。
そのためなのでしょうか。確定判決は、Tさんを有罪にすることができる情況証拠はないか、丹念に調べています。ところが、検察官の主張した情況証拠は全て、Tさんを有罪にするには足りないとして退けられてしまいました。
そうすると無罪しかないと誰もが思うのですが、確定判決は、ここで一大どんでん返しを行います。Tさんが行った二つの虚偽供述を取り上げて、このような虚偽供述をするのは真犯人でしかあり得ないというのです。確定判決は、これを有罪の最大の根拠としました。
しかし、Tさんの供述には嘘が多いということは、確定判決も認めています。Tさんは、軽い気持でつい本当でないことを口に出してしまうというところがあるのです。こうした意味で、Tさんは供述弱者なのですが、この点は、また別稿で詳しく論じるとして、本稿ではこれ以上深く立ち入らないことにします。
いずれにしても、確定判決は、Tさんが軽く嘘をついてしまうことが多い人だと認めながら、嘘をついたことを理由に有罪にしてしまいました。ここに確定判決の大きな矛盾があり、本件事件の際立った特徴が見られると言うことができます。
それでは、確定判決が有罪の根拠とした虚偽供述とはどのようなものだったのか、それを次に見ていきたいと思います。
3 有罪の根拠とされた虚偽供述
(1) 西側駐車場の駐車
事件当日、Tさんはゲームセンターの北側駐車場に車を停め、車内で寝ていました。そのとき、殺害された幼児は西側の駐車場に駐車した車の中にいました。
ここで、幼児がいた西側駐車場にTさんの車も駐車していたのを見たという人が現れました。私たちは、それは警察に誘導されたものであり、信用性に乏しい供述だと考えていますが、この点も本稿では割愛させていただきます。
こうした状況の中で、Tさんは捜査段階で、西側駐車場に駐車していたと認めさせられ、近くの車の中にいた幼児を連れ去ったと自白させられました。しかし、公判段階でそれを撤回し、真実を供述することになったのです。
確定判決は、Tさんが西側駐車場に駐車していたと認定し、「西側駐車場にいたことを前提に弁解するのであればともかく、西側駐車場にはいなかったなどという嘘をつくことは、真犯人でしかあり得ない。」という趣旨の論法で、これを最大の根拠として、田邉さんを有罪にしました。
これは恐ろしいことです。これでは、真実を述べたら、そのことが理由で有罪にされてしまうということになりかねません。100%完璧に立証できること以外、恐ろしくて口に出すことができなくなってしまいます。
(2) 弁護人に対する虚偽供述
警察は、事件当日にゲームセンターの駐車場に駐車していた車の持ち主にいっせいに事情聴取を行いました。この中でTさんは、「深夜の野外コンサートに行く約束で、友達と待ち合わせをしていた。」という趣旨の供述を行ったのですが、これが嘘だと発覚して追及を受けます。
そして、勾留された初期の段階で、接見に訪れた弁護人に対しても、同様の虚偽供述を行いました。
確定判決は、「弁護人に対しても嘘を言うのは、真犯人でしかない。」という趣旨の論法で、これも有罪の根拠につけ加えました。
しかし、これもひどい話です。弁護人に対して上記の供述をしたのは、もうすでにそれは虚偽だということが発覚してしまった後のことです。本当の真犯人なら、もう少しましな嘘をつくはずでしょう。ここにも、軽い気持でつい真実でないことを口にしてしまうという、Tさんの供述弱者としての傾向が現れています。
4 石田倫識教授の意見書
弁護団は、以上に述べた問題を補充意見書(1)としてまとめ、最高裁に提出しました。
また、石田倫識教授(明治大学)がこの問題(被告人が虚偽の供述をした事実を被告人の犯人性を裏付ける積極的情況証拠として事実認定に用いることの可否)について研究しておられることが分かりましたので、同教授に対し意見書の作成を依頼し、これを新証拠として最高裁に提出しました。
石田教授によれば、この問題はこれまで日本ではあまり意識的に議論されてこなかったが、イギリスでは古くから問題が指摘されており、数多くの判例の蓄積により判例法が確立しているとのことです。
そして、問題の所在として、被告人が虚偽供述をした事実が存在すると、事実認定者としては、当該事実を被告人の犯人性を推認させる積極的情況証拠と判断しがちであるが、そこには危険が潜んでいると指摘されます。なぜなら、被告人が虚偽供述をするには様々な理由があるからです。例えば、真実の弁解が信じてもらえないことを恐れて、もっともらしい虚偽の弁解をすることもあれば、犯罪の嫌疑をかけられていることに対する不安からパニックに陥って虚偽の弁解をしてしまうこともあるし、公訴事実とは異なる他の不名誉な事実を隠すために虚偽供述をすることもあれば、単なる記憶違いから客観的事実と異なる事実を供述することもあります。
イギリスでは、これら全ての可能性が排斥されて、被告人が自らの犯罪行為を隠すために嘘を言ったということが証明されない限り、虚偽供述を犯罪事実の証明に用いることは許されないことになっているのだそうです。
5 イギリスの判例法
イギリスの判例法によれば、被告人の虚偽供述を積極的情況証拠として用いるためには、少なくとも次の二つの要件が満たされていなければならないとされているとのことです。
- 第1要件:被告人の供述が虚偽であることが、被告人によって自認されるか、合理的疑いを超えて証明されること
- 第2要件:虚偽供述をした動機として、被告人には犯人であることを隠そうとする意図・目的があったこと、すなわち被告人の虚偽供述が「有罪意識の徴表」としてしか理解し得ない場合であること
この第2要件をめぐっては、大変興味深い議論があります。すなわち、イギリスの支配的な学説は、「(第2要件の意義は)被告人が有罪であることを裏付ける証拠として虚偽供述を用いる前に、被告人が有罪であることの確信を要求するものとも思われるが、陪審が被告人の虚偽供述から誤った推認を行うよりは望ましい」と述べています。これは、有罪が立証できない限り、虚偽供述を有罪の理由にすることはできないと考えていることが前提になっているように思われます。
この点については石田教授も、虚偽供述が有罪意識の徴表ではないと証明することは事実上不可能に等しいと、同調されています。なぜなら、考えられるありとあらゆる虚偽供述の動機・理由を排して、「被告人は自らの犯行を隠すために嘘をついたのであって、それ以外に理由は考えられない。」と断定し得るのは、通常、被告人が犯人であると認定できて初めてなし得ることではないかというのです。
豊川事件の確定判決は、「虚偽供述」を最も重要な有罪の証拠としており、「虚偽供述」がなければ有罪認定はできなかったという構造を有しています。したがって、イギリスの判例法に従えば、豊川事件は無罪でしかあり得ないということになります。
もちろん、イギリスの判例法で確立された二つの要件に即して考えたとしても、この要件が二つとも充足されているとは到底言えないことは明らかです。
6 最後に
豊川事件は、まだ他にもたくさんの論点があります。弁護団としては、これらの論点の一つひとつについて詳細な補充意見書を作成して、最高裁に提出していく予定です。